北斎が描いた鍾馗様がボロボロの姿で現れた
「代々受け継がれた絵画、自分や子どもが描いた絵や書を形にしたい」
「由緒ある作品のようだけど、汚れてしまってこのままでは飾ることもできない」
掛け軸の制作や修復を承っているマスミ東京には多くの作品がやってきます。一般のご家庭や作家からはもちろん、大英博物館やボストン美術館など世界の美術館からも掛軸や巻物などの修復の相談や和紙や材料のご依頼が届きます。
2018年、世界に名だたる葛飾北斎が描いた「黒鍾馗」の掛け軸が私のところに届きました。箱を開けてみると、よれよれの掛け軸がありました。
目の下には亀裂が入り、ところどころに穴があき、それでも豪胆たる姿の鍾馗様と対峙していると、「私に相応しい装いにしてくれよ」という声が聞こえてくるようでした。
表具の技術が作品の命をつなぐ
掛け軸は作品自体も裂け、穴のあいている箇所も多く、汚れもひどい状態でした。掛け軸に使用する裂地選びの一方で、職人によって作品の修復が行われます。まずは以前の職人が施した「裏打ち」を丁寧に剥がし、作品の汚れを違う紙に移し取らせていきます。破れた箇所には和紙で細いかすがいを裏から何10本と入れて補修。こうした作業には職人の特殊な技術が必要とされ、ひとつの作品を修復するのに半年以上もの時間を要します。
そうして綺麗に修復され掛け軸に整った作品も、何十年と月日が経ったら当然傷みが出てきます。北斎の作品のように100年後、200年後と後世に残さなくてはならない作品は、また修復される日を想定し、次に修理する人がしやすいよう修復していきます。
はるか先の時間に修復してくれる誰かを思いやって技術を施すのが表具という職人仕事。作品と一緒に表具の技術もまた継承されていくのです。
北斎「黒鍾馗」に相応しい金襴づくしの掛け軸
掛け軸には各部に名前が付いていて、作品(本紙)の上下を支える部分は「一文字(いちもんじ)」、上から作品に2本下がっている帯を「風帯(ふうたい)」、作品を囲む部分は「中縁(ちゅうべり)」と呼ばれます。
色、柄の組み合わせが作品を際立たせるので、どの裂地を使うか決めるのは責任の重い仕事です。必死に考えた末、鍾馗様の作品には金糸の入った絹の裂地「正絹合金襴」が相応しいと確信し、全体の地には金色の金襴。一文字と風帯には緑色の金襴。作品を囲むのは「蟹牡丹」の柄の金襴と、全ての箇所に金襴を使うことしました。
もちろん、黒鍾馗に使用した金襴以外にも様々な柄の金襴があります。
マスミでは金襴を含む1000種類以上の裂地を取り揃え、作品にあった裂地や組み合わせのご提案もさせていただいております。
オンラインショップでは下記のような金襴を販売しています。
生まれ変わった「黒鍾馗」の掛け軸
鍾馗様のにらみを終始背中に感じつつ仕立てた掛け軸は、金襴の対比が効いたよい仕上がりとなりました。
鍾馗様も満足してくれているのではないでしょうか。
掛け軸にして想いをバトンする
先祖代々伝わってきた家宝があるという方は多くいらっしゃいますが、「どう扱っていいのやら、持てあましている」のが皆さまに共通するお悩みです。「飾るにはボロボロだし、でもどこに修理にだしていいかわからなかった」とマスミへいらしてくださる方も多くいらっしゃいます。
まずは軸箱に入れるだけでもいいんです。マスミでは軸箱も高価な桐箱から、手にとりやすい紙筒やかぶせ箱などご用意しております。
いらした方の状況に合わせて保存方法や修復方法をご案内していますので、構えることなくご相談にいらしてください。
大事な言葉、親の教えなど忘れぬように、飾り、眺め、自分に対峙する時間を持つ。掛け軸は想いのバトンです。子どもや孫に残したい言葉、描いた作品、好きな写真、自分の大切なものを形にして大切な人たちに残していく。そんな掛け軸の在り方を提案していきたいと思っています。掛け軸は特別なアートと気負わずに、ぜひみなさんに自分の掛け軸をもって頂きたいですね。